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ウエキケンタの世界一周研修旅行

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多人種国家、ブラジル

ご存知かどうかはわからないが、ブラジルは世界の中でも有数の多人種、混血国家だ。


約500年前にポルトガル人がブラジルを植民地にしてから、アフリカから黒人奴隷を連れてきて、約100年前にはアジアから移民(特に日本人)が沢山来たのが原因なのだろうが、これは僕が今働いている保育園の子供達の顔ぶれを見ても良くわかる。


と、口で言っても良くわからないと思うし、百聞は一見に如かずということで、今日は保育園の子供達の写真をとりあえず見て頂きたいと思います。

黒人系のペドロ
ペドロ

ヨーロッパ系のニコラス
ニコラス

そしてアジア系のビトー
ビトー

うちのクラスはこんな子供達が約20人いるのでみんなを紹介する事はできないが、こんな子供達が並ぶとこんな感じになる。
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様々な色をした子供達が、人種の区別なく普通に遊んでいる。


もちろん、街を歩いていてもそれは変わる事はない。


ちりちりアフロの黒人、金髪の白人(まあブラジルでも、髪を染めるのが流行っているので金髪の人は結構染めている人が多いのだが)目の細いアジア人、ブラジル中央部から来たのであろうインディオと、いろんな人がひしめきあっている。


そのせいか実際、日本人の僕が街を歩いていても、今まで旅してきた他の国と違い、外国人に向けられる特別な視線を全く感じることがないし、差別される事もない。


そういった意味でブラジルは、外国人にとってかなりストレスフリーな国と言えるだろう。


それはまあ、ペルーボリビアキューバを旅していた頃、「チーノチーノ」(中国人という意味、しかしアジア系という大きな意味でも使われる)と散々言われ、そして向けられる視線に対するストレス&むかつきが半端なかったので、余計にそう感じるのかもしれないが。



しかし、振り返って考えてみれば、僕の母国日本もほぼ単一民族国家。


僕も日本にいた頃は、街で外国人を見かけたら「あ、外人がおる」とか思ってじろじろ見てしまったり、同じ学校に外国人がいたら、「なんか違う奴がおる」と特別な目で見てしまっていた。


まあそれが、ほぼ単一民族国家の日本人の性質だと思うのでどうにも致し方ない事なんだろうけど、日本に帰ったらできるだけ外国人を見てもストレスを与えないように、特別視する訳でもなく、無視する訳でもなく、人間同士、普通の関係を築いていけたらいいと思う。


それがまあ、お互いを理解しあえる、平和な世界に繋がるんじゃないか。


そう思ったりもする。




とまあ、長くとりとめのない文となりましたが、旅に出てから約1年3ヶ月、ブラジルに来てから約5ヶ月、やっとポルトガル語もちょっとはわかるようになり、コミュニケーションも取れるようになってきたんで、これからいろいろな人の話を聞いて、もっとこの国の事を理解できる様になっていきたいと思います。


その為には…


う~ん、もうちょっと期間延長が必要かな?


今出たらせっかく覚えかけたポルトガル語も中途半端でもったいないような気もするしね。



じゃあ、一体いつブラジルを出るんだ!?とお思いの方もいらっしゃるでしょうが、悪しからず。



今、その事について熟考している最中です。



以上、そんな感じでそれではまた!

ブラジルにまだいます。

お久しぶりですウエキです。


ブログの存在をすっかり忘れておりました、申し訳ございません。



それはそうと、僕もブラジルサンパウロに来て、はや5ヶ月が過ぎました。


最近は、急に歯が痛くなって歯医者通いが続いたり(歯医者はかなり高いです)おまけに風邪ひいたりして、結構元気がない日々が続きましたが、それもやっと落ち着き、今までの保育園でのボランティアと平行してなんか新しい事を始める気が徐々に湧いて来ました。


まあかねてから思ってはいた事なんですが、普通のブラジル人はほとんどファベーラの事を知らない様で。


というか、普通のブラジル人は、ファベーラを危ない場所だ、近づいちゃいけない所だというイメージが染みついていて(まあ実際に危ない所だが)、自分たちとは関係のない世界、触っちゃいけない傷の様な物だと思っている様で。


しかしまあ結局、ブラジル人にしかブラジルを良くする事はできないと思うし、彼らにもっとファベーラを身近な問題だと考えてもらえるようになったらいいと思うので、これからはそういったブラジル人(特に日系ブラジル人)とファベーラの人達の交流の橋渡しの役割を何らかの形で果たせたらいいなと思っている感じです。


この前ボーイスカウトに見学に行って日系ブラジル人の知り合いもできた事だし、これがブラジルのファベーラでボランティアしている日本人しかできない事だと思うしね。


まあとりあえず、そんな感じでやってます。


それではまた!

ブラジルで出会ったシュタイナー教育

僕が働いている社会共同体「モンチアズール」は、ドイツの哲学者、「ルドルフ・シュタイナー」という人の考え方が根底に取り入れられている場所だ。

モンチアズール

託児所や学校では、「シュタイナー教育」という、音楽や芸術に重点を置く教育がされているし、そこで働く人達の為にある食堂、診療所でもシュタイナーの考え方に基づいて、運営されている。

僕はちなみに、最初の2ヶ月は食堂で働き、

食堂

それから今までは、モンチアズールからちょっと離れたファベーラの託児所で働いている。

託児所

そして週2で日本語教室をしている、そんな感じだ。

日本語教室



僕は今まで、正直「シュタイナー教育」という教育方法は全く耳にしたことがなかったのだが、ここに来て、本を読んだりいろんな人から話を聞いたりしてみて、日本を始めとする先進国で行われている教育とは対極をなすような、そんな教育方法である事がだんだんわかってきた。


例えば、日本の学校では現在、座学を中心とした知識をたくさん頭に入れていくという、俗に言う「詰め込み教育」が行われているが(というかまあ、今の日本の社会構造、産業、国民性自体が大きく変わらないとそれは一生変わらないと思う)、シュタイナー教育ではそれよりも芸術を重視し、詰め込み教育、記憶力を伸ばすような教育方法を否定するような教育方法だ。


本を読み進めてみると、霊的なパワーとか精神の世界とか、超哲学的な事とか、そんな事が書かれていて、正直完全なる日本人、しかも「見えない物は信じない主義」を貫いてきた僕は、かなりの抵抗感を覚えるのだが、僕の今まで得た知識を一言で言えば、芸術や音楽、演劇等を通して、日本で昔盛んに言われた、「心の教育」というか、う~ん、なんて言ったらいいんだろう?とにかく生き生きとした人間を育てるための教育のようだ。


まあそんな感じのシュタイナー教育、まだ勉強途中なのでこれがいいとか悪いとか何なのかとか語れる身分ではないが、それを学ぶことによって、何かの役には立っていくような気がするので、もうちょっとここにいようと思います。


興味がある人はシュタイナーさん、調べてみて下さい!!


そんなこんなで、それでは、また!

ブラジルでボランティア

ブラジルでボランティアを始めてから約3カ月が過ぎた。


気づけば3ヶ月、時間が経つのは早いもんだ。


てか、もう3ヶ月も経ったのかっていうのが実感としてある。



ちなみに今、僕が滞在しているのはブラジルのサンパウロ。


ブラジルではリオデジャネイロと並ぶ大都市だ。


都市部では日本と変わらずでかいビルが建ち並び、車ががんがん走っている。
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日本と違う所といえば、白人黒人アジア人などの様々な人種、混血の人が多くてみんな顔が違う所くらいかな。


その脇に、ひっそりと隠れる様に建ち並ぶ、茶色のバラック小屋の群落があるのだが、これが俗にファベーラ(貧民街)と呼ばれている場所。
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日本でもリオデジャネイロのファベーラを題材とした「City of god」という映画が数年前に公開されたので、知っている人も多いかもしれないが、そこが今僕が働いている場所である。


ちなみに、ここはサンパウロの中心部からバスで約1時間掛けた所にあるファベーラで、モンチアズールと呼ばれている地域だ。


ここは、ブラジルでも社会問題になっている場所で、都市部にあるでかいビルや格好いい車とは無縁の、きつい坂道に木やレンガでできた汚いバラック小屋が雑然と建ち並び、あらゆる所に犬の糞とゴミが散乱し、マリファナの匂いと大音量のサンバミュージックがどこからともなく流れてくる、まるでインドを彷彿とさせる混沌とした場所なのだが、(最初ほんとに、インドかここ!?と思った)ここにドイツ人が40年前くらいに始めた地域共同体(日本でいう、公民館活動みたいなもの)があり、そこで働いているブラジル人の家にホームステイをさせてもらいながら、働かせてもらっている。


まあそんな感じで活動しているんですが、活動内容はまた次回書かせて頂きたいと思います。


それでは、また!

衝撃的な夢

旅に出てからこれまで、僕は寝ている間に夢を見た事はなかった。


というか、夢は見ていたのかもしれないが、その夢が記憶に残っていることはほぼなかった。


というのも、夢というのは、起きた直前は覚えているが、体を少しでも動かしてしまったら一瞬にして全てを忘れてしまうという特性を持っているらしいから。



そんな僕が、一昨日の夜、非常に奇妙な夢を見た。


詳細はよく分からないが、その夢は僕がいきなり誰かに「俺、10日後に死んでみるわ」と言う場面から始まった。


出だしから強烈な内容だ。


そして、その2日後、なんと僕は本当に死んでしまった。


10日後でなかったのが、辻褄が合わないけど…まあそれはなんだろう?



まあそれはいいとして、次の瞬間、場面は急に切り替わる。


僕はその時、小さな女の子に生まれ変わっていた。


俗にいう、輪廻転生というやつだ。


そして、女の子に生まれ変わった僕は、なぜか分からないけど自分の前世、つまり僕の事を覚えていて、なぜか分からないけど、前世の事を忘れちゃいけない、忘れちゃいけないと思い続け、それを紙に書こうとしている。


しかし、たまに誰かが話しかけたりしてそれを邪魔する。


しかも、記憶はだんだんなくなっていく。


忘れちゃいけない


忘れちゃいけない






そうやって紙に前世の記憶を書き続けていくという、奇妙な夢。


奇妙だ…


そうすると人間とは単純なもんで、起きてから数時間、自分が今心の奥底で実は死ぬ系な事を考えているんじゃないかと若干怖ろしくなってしまった。(ちなみに死のうとかこれっぽっちも思っていませんのでご心配なく。むしろまだまだ結構思う存分生きたい。死にたくない。)


だって、夢って人の心の奥底を表すって言うし。





そこで、大学で夢診断的な研究をしていたという、ボランティア仲間のシンコウ君に相談してみる事にした。


「昨日、こんな夢見てさ。これってなんなの?なんか恐ろしいんやけど。」



すると彼はちょっと考えた後、次の様なことを言った。



「あの~、死ぬ夢を見る時期っていうのは、一般的に生まれ変わっている時期のサインなんですよ。しかもケンさんは実際に夢の中で生まれ変わっているんで、多分今、ケンさんの中で、何かが変わろうとしている、つまり今までの自分から何か抜け出すというか、まあとりあえず変わろうとしてるんじゃないですか?でもまあ、生まれ変わった後忘れないようとしてる事に邪魔が入るっていうのは、まだ変わろうとする自分と変わらないでおこうとする自分との間で、心の葛藤があるんじゃないんですか?」



へ~~~~


単純な僕は、納得してしまった。


言われてみれば確かに、僕はなんとなく今、変わろうとしている気がする。


というか、ずっと旅を続けて来て、最近やっと自分が変わってきた、そんな気がしてきている。




まあとりあえず、死ぬ夢があんまり悪い意味ではなくて良かった。


自分はあんまりそういう超常現象的な事は信じてないけど、「それって結構やばいですよ。死期が近いです。」とか言われたら、小心者の僕は、「そんなことないやろ」とか思いながらも、結構気にしてしまいそうな気がしてしまうので。


ということで皆さん、死んだ夢見ても心配はしないでいいそうです!!




ちなみに前回、ボランティア先の事を書くと言ってたんですが、なんとなくこの夢が自分の中で衝撃的で、書きたくなっちゃったんで、これ書いちゃいました。


ボランティアの事は次回!!!


それでは、また!!
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